大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和47年(う)477号 判決

控訴人 被告人

被告人 北条正夫 外一名

弁護人 森健次郎

検察官 太田輝義

主文

原判決を破棄する。

被告人北條正夫を懲役三年に、

被告人松本栄毅を懲役二年六月に

処する。

被告人両名に対し原審の未決勾留日数中一六〇日を右各本刑に算入する。

原審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は被告人両名の弁護人森健次郎名義の控訴趣意書及び同追加と題した書面記載のとおりであるから、これを引用する。

一、事実誤認の主張について

所論は、原判決が本件改造モデル・ガンを「けん銃」と認定したことは、けん銃について物体的、社会通念的に認識を誤つて事実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすこと明らかであると主張する。

原判決は罪となるべき事実第一において「がん具けん銃を改造した金属性弾丸を発射する機能を有する装薬銃砲計一六丁を所持し」と摘示し、所論指摘のとおり、その意味が甚だ不明確であるが、法令適用の部分の判文と照合すれば、がん具を改造した「けん銃」を所持した事実の判示であることを理解することができる。銃砲刀剣類所持等取締法は第二条一項において、この法律において銃砲とはけん銃、小銃、機関銃、砲、猟銃その他金属性弾丸を発射する機能を有する装薬銃砲及び空気銃をいうと規定し、第三条の二においてけん銃、小銃、機関銃、砲を一括して「けん銃等」と表現することを示し、所定の除外事由なく銃砲刀剣類を所持した者に対する罰則として第三一条の二は「けん銃等又は猟銃」を所持した者を五年以下の懲役又は二〇万円以下の罰金に処することを、第三一条の三は「けん銃等及び猟銃を除く以外の銃砲」を所持した者を三年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金に処することをそれぞれ規定し、不法に所持した物が「けん銃等又は猟銃」か、それ以外の銃砲かによつて適用されるべき罰則規定が異るのであるから、その点の誤認が判決に影響を及ぼすことの明らかなことは所論のとおりである。被告人等のモデル・ガン改造による本件製作物が同法所定の「けん銃」に該当するか否かにつき、所論は、「けん銃」であるためには銃身内に螺線状の溝を有すること、連続発射のできること等六個の要件を挙げ、本件改造モデル・ガンはそのいずれの要件も欠いているからこれを「けん銃」と認定したことは誤認であると論ずる。しかし、同法は「けん銃」の定義を特に掲げてはいない。一般社会通念として、けん銃とは金属性弾丸を発射する機能を有する装薬銃器で、片手で発射操作のできるものと観念されており、けん銃の専門家である原審証人荻原嘉光の見解もこれと一致するのである。所論の挙げる銃身内に螺線状溝のあることその他の要件の存否は、けん銃の構造、性能が精巧であるか粗雑であるかの評価の差異にはなるが、それを欠けば「けん銃」であることを否定されるものではない。このことは銃砲刀剣類所持等取締法による規則の趣意が銃砲刀剣類等の所持に関する危害予防にある(同法一条)ことからしても当然の帰結である。原判決が本件改造モデル・ガンを「けん銃」と認定したことに事実の誤認はなく、所論は採用できない。

(その余の理由は省略する)

(裁判長裁判官 高橋幹男 裁判官 寺内冬樹 裁判官 中島卓児)

弁護人森建次郎の控訴趣意書

第一、事実誤認

一、原裁判所は被告人北条に実刑三年六月、同松本に実刑三年というこの事犯にしては極めて重い処罰をしている。それなら、それを首肯せしめるだけの理由特に認定事実がなければならぬ。本件事実の核心は、「所持」と「けん銃」の二点である。罪となるべき事実に対して弁護人は所持の点は争わない。(但しこの所持の情状については量刑上考慮して欲しい旨、原審で主張したが、通らぬので本書後半で述べる。)けん銃の点は、弁護人が裁判所において、銃砲刀剣類所持等取締法(以下銃刀法という)第三一条の二にいう「けん銃等」に当るものでないことを主張したが、原裁判所はこれを認めず本件改造モデル・ガンを「けん銃」と誤認した。以下、その理由を述べる。

二、本弁護人が原審に対して最も不満とするところは、原裁判所が、公判中及び判決中において、けん銃の概念内容(定義ではなく、社会通念上におけるけん銃の要素把握)について全然判断を示していないことである。原判決文では、「がん具けん銃を改造した金属性弾丸を発射する機能を有する装薬銃砲」というのみであつて端的に「けん銃」とはしていない。右の「……」内の文辞のみを見ると、右銃砲は、銃刀法第三一条の三の銃砲即ち、けん銃、機関銃、砲及び猟銃以外の銃砲を指称しているとも取れるのである。しかし原審は本件に対し銃刀法第三一条の二を適用しているから(法令適用の誤りはないと解して)、本件改造がん具けん銃を銃刀法第三条の二に定義するけん銃であるとしているのである。

事実説明に関する原審のこのような不明確な態度こそ原審が「けん銃」とは何かを物理的、構造的あるいは、社会心理的に検討することなく漫然と弾が出るからという位の根拠で、本件物件をけん銃と認定したことを示すものであろう。

三、現代において正規けん銃とは、左記のような構造又は機能を有するものを指す。

(イ)銃身内がらせん状の溝を有すること

(ロ)右により、発射された銃弾は、弾道を軸として廻転し発射直後の姿勢を固定して目標に向い飛んで行くこと

(ハ)単発でなく連続発射が出来ること

(ニ)ブロウ・バック即ち、発射直後空の薬莢が自動的に薬室から跳ね出す機能のあること。

(ホ)口径さえ合えば他メーカーの実包を装てんし得る

(ヘ)けん銃の主要部の材質は鋼鉄製であるから一時に一〇発連射しても銃は分解または、こわれないこと。

以上であるが、これに反して本件改造モデル・ガンは右(イ)の、らせん状溝は全く無く、(ロ)については弾が廻転して飛ばぬから至近距離は別として、弾道は一定せず、また遠くへは行かぬ。(ハ)の連続発射は不可能、(ニ)のブロウ・バックも出来ぬ。(ホ)についても、手製実包しか装てんし得ぬ。更に(ヘ)についてみると、本件改造モデル・ガンは、銃身のみが鋼製で、他の主要部は合金製のモデル・ガンそのままなので、一時に五発も撃てば分解してしまう。

以上対比してみると、本件物件は全然けん銃たる構造又は機能を有していないことが明白である。外見は似ているがこれはモデル・ガン全般に共通することで、当時は黒色モデル・ガンは何等違法でなく市販されていたのであるから、本件について外見の本物との酷似は全く問題にならない。

四、ところが原裁判所は、検察官の本件物件の発射機能がけん銃と同じ威力を有する旨の主張及び立証(主に徳永証人の供述及び鑑定書)を全面的に採用している。しかし右徳永証人の鑑定方法は、極めて限定された距離(銃口から四〇センチメートル以内)における発射現象を分析記述したに過ぎない。(本件記録四八一丁参照)。右鑑定からは、五〇センチメートル以上の距離における弾の位置とが弾道については述べられていない。従つて本件鑑定書及び同証人の供述をもつて、本件物件が正規けん銃と同じ威力を有すると認定するのは誤りである。

これを要するに原裁判所が、物体的にまた社会通念的に認識を誤り、本件改造モデル・ガンを正規けん銃と同様に認定したのは、判決に影響を及す事実誤認である。

(その余の控訴趣意は省略する)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例